私は「ジェイコム男」と呼ばれる人に驚いた世代なので、「億り人」ぐらいではさほど感慨は無かったのですが、それはともかく、記事の「億り人」は、実は、特段不当な目にあっているわけではありません。また、国税庁は、暗号資産の課税ルールを示した文書を「密かに公表した」わけでも、まして「『国税当局の課税ルールは、暗号資産投資の実態を無視している』と憤る」などと言われるような、不当で目新しいことをしたわけでもありません。
国税が示した課税ルールは所得税の仕組みからは当然過ぎる内容だからです。この仕組を知っておくことは、我々が「仮想通貨!暗号資産!」「AIなんたら!」のような目新しいナニカに手を出すときに、課税について思いを至らせる良いツールとなります。
また、手堅くシンプルな「法解釈」を知っておくことの重要さを示す好古の素材とも言えます。
まず、暗号資産だろうが、昔の小豆だろうが、マニアックなフィギュアだろうが、「何かを買う」「何かを、売る」というのは、「譲渡」ということになります。日本語の一般的な用法です。
所得税法の規定に引き直せば、
所得税法33条1項「譲渡所得とは、資産の譲渡・・・による所得をいう。」
ということになり、その計算方法は、
同条3項「譲渡所得の金額は、・・・その年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となつた資産の取得費・・・を控除し、その残額の合計額(・・・以下この条において「譲渡益」という。)から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする。」
ということになります。
特別控除額を無視して、上記をざっくり言えば、
- 買った値段−売った値段=譲渡益≒譲渡所得
として、この譲渡所得に税率をかけて課税するということです。
大事なことは、「譲渡」についての課税や計算方法はこの所得税法33条以外に一般的に定める条文が存在しない、ということです。(固定資産の交換特例等特別な定めはあります。)
このことは、「交換」についても、上記の計算方法で計算されることを意味します。
ここで法解釈が行われます。
交換というのは、
- 100円のモノA2つと200円のモノB1つを交換する
というようなことです。これを上記の所得税法33条で計算できるように言葉を換える=解釈すると
- モノAを1個100円で2個売って、その売却代金200円で買った
ということになります。貨幣には物々交換の価値の尺度を媒介する機能がある、というような経済学的な説明をしてもいいかと思います。
こう考えれば、モノAの仕入れ値が80円だったとすると、譲渡所得の金額は、
- 収入金額(@100円×2個)−取得費(@80円×2個)=譲渡所得(40円)
ということになり、所得税法33条のとおりに計算できます。
とてもシンプルでわかりやすいです。これが税法や法律の「解釈」という営みの一環です。
ちなみに、土地と土地の交換など、「交換」という取引とそれに伴う譲渡所得課税は、特段珍しい現象ではありません。
しかし、このわかりやすい、シンプルな法解釈にはもっと実践的で、深い意味もあります。
というのは、仮に記事の「億り人」のように「換金した時に課税される。」と考えると、
- A2個をB1個と交換し、
- そのB1個とC8個を交換し、
- 現金で新たにC2個買い足して、
- C10個をD4個と交換し、
- 残りのC3個をE2個と交換し、
- 現金でD1個とE3個を買い足して、
- D5個とE4個のセットとF3個を交換して、
- 現金でF1個を買い足して・・・・・・
・・・と延々と続いていった場合に、
仮に、最終的に全額が一気に換金されたとしても、所得税法33条が定める、
- 「取得費」がいったいいくらで、
- 「収入」がいったどれと対応しているか
は、全くわからないことになるからです。
更に、換金が全額一気ではなく、五月雨式に、しかも買い足しも挟みながら、数年に渡った場合には、
- いったどの時点で「収入」があったか
もまったくわからなくなります。
つまり、記事の「億り人」が言う「暗号資産は別の暗号資産と交換するのが普通」というのが「実態」であるとすれば、所得税を確実に課税し、徴税するためには、
- 暗号資産Aを売った代金で、暗号資産Bを買った
と考える以外に方法はありませんし、交換時に課税する以外に、課税できるタイミングもあり得ないことになります。
つまり、暗号資産についても「(所得)税を課する」という目的のためには、従来からある、所得税法33条の解釈を用いることが適切であるということになります。
「所得税を課す」立場ではなく、逆に、交換をした「億り人」の立場に立つとどうでしょうか。
例えば、4BTC持っていた「億り人」がそのうち1BTCと20XRPと交換したとします(これは記事中の国税庁HPの文書にある例です)。
ここだけを見れば、たしかに「億り人」は現金を手にしておらず、納税しろと言われても無い袖は触れませんので、酷だと言いたくなるかもしれません。記事の「億り人」が、「『国税当局の課税ルールは、暗号資産投資の実態を無視している』と憤」っているというのはこれを指すのでしょう。
しかし、単純に考えれば分かり通り、上記の例で「億り人」はもう1BTCを換金しておけば、納税資金=現金を確保できます。もちろん、別の手持ちの暗号資産を売ってもいいでしょう。
売れる暗号資産を持っていなければ、そもそも別の暗号資産に交換するのを止めればいいわけです。
つまり、従来からある所得税法33条の解釈で譲渡所得を計算する場合、「億り人」には、
- 納税資金の確保方法についても、
- そもそも交換するかどうかについても、
「自由」が確保されていることになります。
また、納税資金を手持ちの他の暗号資産を売るなどして確保することは、「納税をコストに計上して、利回りを計算する」という全ての投資活動の基本の基本を実践するだけのことであり、普通のことです。ここに変わったこと、変なこと、不当なことは、全くありません。
つまり、暗号資産についても、従来からある所得税法33条の解釈により、譲渡所得を計算することは、納税者たる「億り人」の自由を確保し、不当な負担をかけないということになります。
まとめれば、
交換を「Aを売った売却代金でBを買った」という売買に引き直して、所得税法33条の計算方法を採用する
という法解釈は、
- わかりやすくシンプルな上、
- 税額計算を現実的に可能にして、
- 課税のタイミングもはっきりさせ、
- 納税者にも不当な負担をかけていない
というとても実践的で深い内容であることになります。
国税庁が暗号資産の課税について出した「仮想通貨に関する税務上の取扱いについて(情報)」という文書も、この法解釈を暗号資産に引き直して説明しているだけであり、内容は
上記どおりのもので、何も目新しいことも、踏み込んだ内容も書いてあるわけではありません。
そうすると記事の「億り人」が、現在多額の追徴課税を受けているのは、国税庁のルールが暗号資産の実態に即していないからではなく、従来からある、手堅い法解釈に基づく、通常の、譲渡所得課税の計算方法や課税タイミングを知らなかったことが主たる原因、ということになります。
このことは、「億り人」を揶揄するネタなのではなく、新しい事業、新しい取引、新しい資産、そして進歩する技術といったことに挑戦する人は、
- 従来からある
- 基本的な
税法の解釈や所得や課税の計算方法の基礎の基礎を学んだり、
わからないときには税理士・公認会計士・弁護士といった専門家に助言を求めたり、
といった慎重さが、今後ますます重要になってきていることを示しているように思います。